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当サイトは、短く簡潔に物事を伝えることを重要視してきた。よって、感情的に書く、という手段を多用してきた。ただ、先日、参院選前に長文を書いたときのほうが、一部の真面目な人には評判がよろしいようなので、今回は表題について真面目に考察し論じてみた。日本国民の皆さん、是非ご一読を。永田町の皆様方も、是非読んでみていただきたい。
政治とは政治的意志の実現である。それはたとえヒトラーであろうとスターリンであろうと、毛沢東であろうとルーズベルトであろうと変わりはない。皮肉なことだが、むしろ極端なというか、一般の国民にとっては有害な政策を実行する政治家の方がむしろこの政治の本質をよく理解しているように思える。
善人はだめだ。自己の正当性が内面で光り輝くために、目先の些事はやはり些事にしか見えない場合がある。そしてなすべき義務を前に尻込みするのである。しかし、人はそれを怯儒と呼ぶのである。自分には正しい政治的理念がある、政治的理想がある、つまり、実現すべき政治的意志を持っているといいながら、それを実現できないのであれば、結局のところ政治的意志を持っていたとは言えない。いや、政治家として基本的な資質に欠けるといえるだろう。何が何でも自分の政治的理想を実現するということができなければ、いい意味にせよ悪い意味にせよ優れた政治家とは言えない。
よく考えてほしい。アメリカにまで行って、安倍首相は靖国に参拝すると明言しているのである。これで、8月15日に参拝しないのであれば、我々一般国民は騙されたと言うことにならないだろうか。あえて言うが靖国参拝もできないようで、どうして日本の国を守ることができるのか。それとも靖国参拝は、安倍首相の政治的理念の一翼を占めるものではなかったのだろうか。中国や朝鮮半島がどれだけ騒ごうが、あるいはアメリカがどんなに苦い顔をしようが、自分の理想は実現するべきではないのか。
それが政治家としての生き様ではないのか。安倍首相が自分の胸の内に巣くわせている不安や恐怖心は、国民から見透かされているのだ。小泉前首相を評価するべき点があるとすれば、自分の恐怖心や不安を一般国民に悟られないように努力した点である。郵政のアメリカへの売却という方向性は決してほめられたものではなかったが、自分の政治的意志を実現するという執念においては、やはり小泉首相の方が遙かに優っていた。真横でみていて安倍首相は何も学ばなかったのか?
政治家にはいいわけは許されない。ただ結果だけが問われるのである。「自分には高邁な理想がありましたが、実現できませんでした」では通らないのである。確かに保守のサイドも安倍晋三という政治家を甘やかしてきたきらいがある。あの年齢に至るまでこの安倍晋三という政治家は自分の力でなにかを成し遂げたということがない。
この致命的な未熟さに日本の保守陣営は目を向けなかったのだ。安倍晋三はいわば「普請中」の政治家なのである。とはいえ、あえて極論すれば、成長過程の政治家でもよいのだ。正しい政策さえ選択してくれるならば。だから、我々は安倍政権を、現段階では、批判もしなければ、評価もしない。ただ見守っているのである。
とはいえ、安倍晋三には実績がないとは言えない。教育基本法を改正し、防衛庁を防衛省に格上げした。実現するのであれば、小泉政権の時の方が実現が容易であったと思われるものばかりだ。しかし、小泉前首相にはそうした政策を実現するだけの義務感も理想もなかった。我々が安倍首相に期待することがあるとすれば、ここまでくれば、自分の理想を是非実現して、大宰相と呼ばれる存在になってほしいと言うことだけだ。何とかして憲法を改正して9条2項だけを削除してほしい。それだけでいいのだ。安倍首相の理想は戦後日本人の悲願なのだから。
優れた理想を持ちながらも実現できないでいるというのが、現在の安倍首相の悲劇である。これは優れた理想に由来する悲劇ではない。安倍首相の行動の未熟さに由来する悲劇である。このことはもっと強調されてもよいのではないか。前回の衆院選に続き、今回の参院選も茶番というのにふさわしかった。
今回躍進した民主党が担いだ候補者の中には、社会保険庁の労働組合である自治労出身者も含まれていた。選挙戦ではなぜその点を全面に押し出せなかったのか。そもそも、「民意」自身が怪しいものなのだ。今回の自民党に対する逆風も社会保険庁の年金スキャンダルを発端としていたにもかかわらず、その一番問題のあった自治労出身者を参議院議員として選んでしまったのだとすれば、いわゆる「民意」のいかがわしさがわかろうというものではないか。
「民意」は時として誤りを犯す。それを正すのが政治の役割であったはずだ。その程度の「民意」のために自己の理想を曲げるのであれば、安倍晋三は政治家としては無能であると言わねばならない。あるいはここまでは安倍首相も考えているのかもしれない。退陣しなかったのは、「民意」の誤りを強く自覚しているからなのだろう。
にもかかわらず、安倍首相は間違っているのである。確かに、民意は間違っているかもしれない。しかし、政治家の役割はその民意を鷲づかみにすることでもあるのだ。カリスマであらねばならないのだ。日本の庶民は戦後体制の崩壊する地響きを体で感じている。日本人が昭和の平和な生活に戻れないかもしれないと言うこともうすうす感じているのだ。
だからこそ靖国が現代に生きる日本人の脳裏を離れないのだ。だからこそ首相の靖国参拝は求められているのである。首相の靖国参拝とは、過去の問題ではなく、現在の、いや将来の日本の問題なのである。日本が将来活路を開くためには、靖国は避けて通れない問題である。
一国の将来を支えるという矜持が、覚悟が安倍首相に求められているのだ。もし靖国という日本の未来の扉を開けられないのだとすれば、安倍首相でなくてもよいと言うことになるだろう。しらけた首相、やる気のない首相、節を曲げる首相はいらないのである。
しばしば語られていることであるが、安倍首相の失敗は「何を行うか」ではなくて「どのようにおこなうか」が原因になっていることが圧倒的に多い。それに加えて、だれとも喧嘩をしたくないという気の弱さが安倍政権の足を引っ張っている。国民に対してどのように主張すれば、民主党の主張の論拠を崩し、民意の支持をえることができるのか、この夏休みによく考え直してほしい。「どのようにおこなうか」という点では安倍政権はことごとく失敗してきた。この経験から早く学んでほしいものだ。
だめなところは素直に反省した方がよい。その素直さのなさが、自民党代議士からの反発を受けているのだ。自分の理念に夢中になるあまり現実のあり方に盲目になってはいけない。しかし、選挙後の安倍首相の言動を見る限りどうも現実がわかっていないようだ。このような場合は自分の不明を素直に反省した方が、後々よい成果が期待できる。自分の理想に酔って、現実を直視できなければ、政治家としての人間としても終わりである。
当サイトの趣旨から言えば、安倍首相はインテリジェンスにあまりに無知である。身体検査以前に首相は各議員のあらゆる情報を平素から収集しているものだ。これは、首相になったから始めましたでは遅いのである。また、国労出身で北朝鮮の方言が堪能といういかにも怪しい秘書、井上義行を採用していることも大きかった。この秘書がいかに内閣内部での情報の流通の障害になっていたか、まだわからないのだろうか。
世間の評判では(と一応言っておこう)京都大学の中西輝政教授は、大学ではインテリジェンスを教え、また安倍首相のブレーンであるという噂が高いが、中西教授は安倍首相にインテリジェンスを教えたのか?この現在の内閣の崩壊ぶりではブレーンと言うにはあまりにお粗末ではないか。
フランクリン・ルーズベルトなどは自前で友人を使って独自の情報機関(アスター・リング)を立ち上げていたし、チャーチルはエニグマの解読結果を原文で読みたがったという。優れた政治家ほどインテリジェンスにはとりわけ貪欲なのである。
この数ヶ月の間に、安倍首相がこの数ヶ月の間に、大宰相への一歩を踏み出すか、あるいは二世の凡庸な政治家として終わるかが決まる。失礼を平気で言えば、安倍首相は「善人」である。しかし、日本の宰相を務めるに当たっては「善人」の枠組みから一歩飛び出さなければならない。
我々はその一歩を心待ちにしているし、またその「一歩」が靖国であれば、なおさらである。政治とは政治的意志の実現なのだ。安倍首相には、政治の方法論に関する反省をふまえて是非自己の信じる政治的理想を実現していただきたいものだと思う。

