抽象論(抜粋)

 美術館や画廊に展示されている絵画を鑑賞しようとすると、抽象芸術に触れる機会がある。それどころか展示作品が全て抽象作品という抽象画家の個展にめぐりあうかもしれない。
 時代の最先端を行く豪華なホテルやカフェテリアでは、抽象絵画が壁にかけられていたり、抽象彫刻が置かれていたりする。デパートで買い物をすれば、抽象的な図案が印刷された包装紙が出て来る。一歩町に出て見渡すかぎりの公告媒体を注意深く観察すると、どれもこれもが抽象的意匠設計の上で配置されていることに気づき驚く。
抽象芸術というものは、もはや神秘ベールの向こう側の特定な人びとのものではなく、いつの間にか現代人の普通の社会生活のありとあらゆる場面に浸透してきていることがわかるだろう。
 21世紀に入って、抽象芸術はもはや目新しい芸術ではなくなっている。現代人の生活環境は、抽象的な物品で囲まれているのだ。
しかし、大多数の人にとって「抽象芸術」はまだまだ十分に理解されているとは言えない。抽象的な広告やオブジェに慣れて、いつの間にか当たり前のものとして受け入れている人でさえ、いざ抽象絵画の前に立って鑑賞しなければならなくなると、思わず拒否感を示してしまう事がある。どうしてこうして身構えてしまうのだろうか。
 1910年にロシアの芸術家カンディンスキー(Wasssily Kandinsky 1866-1944)が最初の抽象絵画を世に送り出してから、百年を迎えた。抽象様式の絵画は、20世紀の画壇に世界的な旋風を巻き起きし、百年の間にその変転をつづけ留まるところを知らない現状打破の動きを経て、徐々に抽象芸術の新概念と新価値体系を確立した。そして20世紀におけるモダンアートの主流となったのである。芸術史上においてモダニズム(modernism)を取り上げるにあたり、興味深い歴史的事実が明らかになっている。それは、野獣派、キュービズム、未来派、ダダイズム、シュールレアリズム、表現主義などといったモダニズムの様々な様式がいずれもたとえ隆盛をみせても線香花火のように一代で消えてしまったという事実である。抽象主義のみが枝分かれしながら二代目、三代目と後継者を輩出し、今日に至りなお衰えることがない。抽象絵画こそが20世紀において最も強力な伝播力でひろまった芸術様式となったのである。

そのため多くの人がモダンアートと抽象絵画を同一視するまでになっている。現代科学の飛躍的な発展と同じように、抽象芸術は20世紀における人類の芸術の発展において輝かしい成果を成し遂げた。
 人類はここに自由、真実、純粋さを追い求める精神性を視覚的に具現化し得たのである。