メモ

『抽象芸術論』

 

三、抽象絵画の特徴

抽象絵画の目的は、作者の内的体験や内的反応を奮い立たせること、自然の描写や再現をしないこと、「物語」や「神話」を語らないことにある。抽象画家は、内的世界の計り知れない神秘を探索して絵画を作成することで自分が確信する唯一の真実すなわち内的体験の実体を伝えるのである。これは、具象画家が現実世界の表面的な外観を描写するのとは明らかに異なる。抽象絵画の特徴を四点にまとめてみたい。

 

(一)喚起性

すでに述べたように、抽象絵画が伝えようとするものは、作者の確信する唯一の真実である「内的体験(inner experiences)」すなわちカンディンスキーが言う「内的必然性(inner necessity)」である。それは純粋絵画の構成要素と美的センスの助けを借りて独創的に感性を表出させ、不可視的なものである内的世界を可視的な視覚存在に変換させたものであると言えよう。それはm,写実絵画の目的が自然や現実世界の表面的な外観を再現することで物語や神話を語ることにあったのと対照的である。そうであるから、以下に列記したように、抽象絵画の特徴は記述性(descriptive)にあると言うよりは、喚起性(evocative)や表現性(expressive)にあると言うべきである。

 

(二)隠喩性

抽象絵画は、現代詩と同じように、写実主義絵画の「文学的な叙事性」からは完全に脱却している。抽象絵画は、芸術家の内的経験の強烈な表出であり、それは「視覚的な隠喩(visual Metaphor)」でこそあれ、「視覚的叙述(visual Narrative)」にはなり得ないのだ。

 

(三)純粋性、精神性

ドイツの哲学者アルトゥル・ショーペンハウアー(Arthur Schopenhauer1788年~1860年)はこう言っている。

 

「音楽はすべての芸術の中でもとびきり抜きん出ている。音楽の旋律とリズムは自然に従属しておらず、すべからく抽象的な音符と旋律によって作者の情感を伝え、聴衆の心を感動させる事ができる。よって、抽象画家は、絵画の基本的構成要素である、フォルム、色、線および空間などを十分に用いて、最も純粋で、最も簡単な絵画形式に回帰させれば、絵画は音楽が一般的に持ち合わせている純粋さを会得し、更に高い精神性を獲得するだろう。画面が純粋なフォルムと色で構成される時に、絵画を支えている力とは、高度な精神性である。」

 

抽象絵画の先駆者たちは音楽方面に深い造詣を持つ者が少なくない。カンディンスキー自身もピアノとヴァイオリンを演奏した。

カンディンスキーはこう言っている。

 

「抽象絵画は「造形」的であるのみならず、「精神」的な芸術である色彩とフォルムなどの絵画の基本的構成要素は独特な精神性を持っている。こうしたものは、「精神」の記号を表現するために用いられるのだ」

 

実際問題として、芸術の「精神性」という観念は、19世紀のドイツの理想主義哲学の主要なテーマであった。ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル(Georg Wilhelm Friedrich Hegel, 1770年- 1831年)以来、多くの人が、芸術と哲学の両者が同じ内容を表現できると信じてきた。ヘーゲルの『芸術哲学』によれば、芸術の最大の機能は、哲学や宗教と同じように、神性や絶対的精神を表現できることにあるという。

米国の抽象芸術理論の大家であるクレメント・グリーンバーグ(Clement Greenberg, 1909年-1994年)が1940年に発表した「新たなるラオコーンに向けて(Towards a Newer Laocoon)」(『パーティサン・レヴュー』1940 年秋号誌)によれば、

 

「抽象芸術家は芸術における純粋主義者であり、芸術は、純粋であれば有るほど良い。抽象芸術の意義は、芸術の本源を探索することにあり、文学性、自然のテーマ、模倣、透視法、明暗法などの芸術の自由な表現を妨害し干渉するすべての要素を排除し、音楽が一般的にもっているような純粋なスタイルを追究し、原始的で純粋な作品を創造することにある。自然のテーマや文学性は余分なものであり、決して作品を構成するために必要な構成要素ではなく、一掃しなければいけない」

 

(四)自由さ

抽象芸術は、フォルムと色彩の束縛から極力離脱しなければならず、絶対的な自由と即興的な自由自在さを追究していくことで、更に広大かつ純粋な自由を獲得することができる。スタイルにおいて、いかなる拘束も受けることなく、内容においてもいかなる寄託も可能となり、普遍性、国際性、異国情緒性、原始性に自由自在にアプローチできるのである。技巧および画材の使用においても十分な自由が認められ、伝統的くびきから解き放たれている。それ故に、抽象芸術の目指すものは、芸術のさらなる高みへの発展なのである。