非人研究

非人の形成期には、検非違使管轄下で「囚人の世話・死刑囚の処刑・罪人宅の破却・死者の埋葬・死牛馬の解体処理・街路の清掃・井戸掘り・造園・街の警備」などを排他的特権的に従事した。また悲田院や非人宿に収容されたことから、病者[注釈 1]や障害者[注釈 2]の世話といった仕事も引き受けていた地域・集団もあった。また芸能に従事する者もおり、芸能史の一翼を担ってきた。

中世前期は人々が畏れ忌避した業務に携わっていた非人であるが、中世後期に人々の感覚が次第に「畏れの忌避」から「穢れ(触穢)の忌避」に変遷すると共に、非人に対する捉え方も畏怖視から卑賤視へと変遷していったとされる。

鎌倉時代には叡尊や忍性による悲田院の再興を受けて西大寺真言律宗の元に組織化されたり、一遍の時宗とともに遊行する者もいた。中世の非人の多くは異形(蓬髪・顎鬚・童姿等)の者であった。やがて河原者・無宿者などを指すようになった。江戸時代には身分や居住地域・従事職能等が固定化された。

*非人も穢多同様に、刑場業務と芸能を排他的特権的に行っていたようです。

*江戸時代、近親相姦をすると非人落ちになったようです。

*非人手下生まれながらの非人のほかに、刑罰として、平人から非人へ身分を切りかえられるものがあった。それを非人手下といった。

「御定書百箇条」には非人手下になる犯科として次のようなものを挙げてある。

一、姉妹伯母姪と密通したもの。- 男女共遠国非人手下。
一、相対(心中)死を企てて双方存命のとき。- 三日晒(さらし)の上非人手下。
一、主人と下女と相対死を企てて仕損じ、主人が存命のとき。- 三日晒(さらし)の上非人手下。
一、三笠附(みかさづけ)博奕の句拾いをしたもの、ならびに取退無尽の札売りをしたもの。- 家財取上げの上非人手下。
一、離別した妻に傷を負わせたもの。- 入墨の上遠国非人手下。
一、十五歳以下の無宿で、途中小盗などしたもの。