【荒巻泰士】②オバマの広島訪問が照らし出した「思わぬもの」

オバマ米大統領が先月27日、現職の米大統領として初めて、広島を訪問しました。謝罪はしませんでしたが、日本国内では、リベラル系のメディア・知識人を含め、評価する声が圧倒的でした。例えば、訪問翌日の各紙の朝刊には「決断を評価したい」「歴史の一章として特筆される」などの文言が並びました。

被爆者が全く謝罪を求めていなかったわけではありません。例えば、共同通信が実施した被爆者アンケートでは、確かに78%が「謝罪を求めない」としたものの、15%は「求める」と回答していました。それでも、決してあの国のように「謝罪と賠償をしないなら来るな」とか「オバマは被害者の前にひざまずけ」とは誰も言いませんでした。世論調査でも「訪問を評価する」は軒並み90%台となり、「評価しない」は数%でした。

 

「決してあの国のように」と言うと、ネタと思う人がいるかもしれないですね。でも、あの国の被爆者でつくる団体は広島訪問の前日、ソウルで記者会見を開き、本当に、米国に謝罪と賠償を求めました。もう笑うしかありません。

そもそも、あの国では、広島訪問の前後、「日本が被害者になりすまそうとしている」などの、常軌を逸した社説・論評の類いが飛び交いました。日本人なら誰が見ても、呆れるか激怒するような内容です。日本では「なぜか」ほとんど報じられませんでしたが。

 

脱線した話を元に戻すと、謝罪がなくても将来志向だとして、ほとんどの日本国民が広島訪問を高く評価したことについて、私は「これこそが日本国民の良識を示すものだ」と思っています。

だからこそ、リベラル系のメディア・知識人が、昨夏の自分たちの発言との整合性をどう取るつもりなのか、気になってしょうがないのです。

 

昨夏、安倍首相が戦後70年の談話を出した時、国内のリベラル系は、どう論評したでしょうか。

「十分とは言えない」(毎日新聞)「主体が明確でない」(東京新聞)

一番酷かったのは朝日新聞でした。「いったい何のための、誰のための談話なのか。この談話は出す必要がなかった。いや、出すべきではなかった」と書きました。

 

言うまでもないことですが、日本はこれまで何度も謝罪し、賠償もしてきました。それでも、謝罪の言い回しが明確でないとか、賠償が十分でないなどとして批判したわけです。それならば、戦後71年間、1度も謝罪せず、今回も謝罪をしなかったオバマに対しても「この声明は出すべきではなかった」くらい言うべきではないでしょうか。

 

「安倍の談話は、内容がいかなるものであろうと批判する」。そういう方針が先にあり、後から理屈をつけるからおかしなことになるのです。この二重基準について、いかなる言い訳が成り立つのか。是非、朝日、毎日、東京の論説委員様には、お話を伺いたいところです。

それとも、「そうではない。オバマの声明に対しても批判しているから矛盾はない」と主張するのでしょうか。それは、自分たちが実は、極めて偏った少数派・ノイジーマイノリティーであることを認めることになるのですが、どうされますか、朝日、毎日、東京の論説委員様。

 

オバマ大統領が広島を訪れたからといって、核廃絶実現への効果はそれほど期待できません。一方で、今回の訪問は、歴史問題を政治カードにしてきた国々の卑しさや、それら国々の尻馬に乗り、活動してきたリベラル系の矛盾を見事に照らし出しました。

彼らは今後、日本国内ではやりづらくなるはずです。アメリカは実はそこを狙い、このタイミングで、動いたのか。それは、考え過ぎかもしれませんが・・・考え過ぎでなかったとしたら、やはりあの国は賢いのです。

そうです。アメリカは、国として韓国を切り捨てたのです。