高木病院の古い話

高木病院関係で参考まで。

当初、ダミーとして福岡市東区アイランドシティーと言う埋め立て地に病院を設立するとしながら、本命の現所在地の福岡市中央区百道浜に設立することに当時の五十君院長と山崎広太郎市長と打ち合わせができていた。

結局、現所在地に建設することとなり建設反対運動がおこった。

福岡山王病院は福岡市中央区の埋め立て地である百道浜ができた時からの中学校予定地に医療機関ができたことで地域住民より病院建設反対運動が起こった。百道浜には独立行政法人国立病院機構 九州医療センターがあり、二件目の総合病院は不要と言う意見が周囲の高級マンションの住民の意見で、百道浜の教育環境として小学校、中学を整備し、修猷館もしくは私立の中高校へとの思いを崩された方も多数いる。

当時も同地区に新たな大病院の建設は認可されないのではないかと言う意見もあったが、病院開設時の院長と当時の福岡市長である山崎広太郎が修猷館高校で同級生であるという線で便宜を図ったのではないかということで。

他にも国会議員が関与して便宜を図っている。秘書に聞いた。いくらはいったのかは聞いてないが。