希望が絶望に変わり、そして無関心になる心の防御機能

どんなこと・・・例えば、受験でも就職でも恋愛でも結婚でも仕事でも何でもいいや。いい間はいいけど、それが絶望に変わるときがある。私が政治に無関心(単におちょくっているだけになっている)のは、希望があるかなと思ったらあまりにもバカしかいなくて、絶望して無関心になったからだ。

ほぼ何でも無関心かもしれない。希望って一体何だろうね。希望は絶望に変わるから期待はしないという事を言う人がいた。まぁ、オレが言われたんだが(笑)まぁそうなのかもしれない。絶望的におかしくなる俺など、期待せず無関心で「見てるだけ」みたいな、まるで公安警察のようなつもりで見てるだけの方がいい。何かに巻き込まれたり変なことが起こらないから。

しかしおそらく、絶望から無関心へ進む心理的プログラムというのは人間本来の防御機能なんだろうな。ずっと絶望してられない、希望をどこかに求めるのが人間という生き物の特徴らしい。希望とは好奇心や楽しいことであったりまた欲望であったりもするのかもしれないが。

そういえば、絶望の党っていうのもあったね。自民党の世論調査で「絶望の党当選100人」なんて書いてあったが、いじる前の原本(こんなこといっちゃいけないのか・笑)は、違う。

まぁ要するに自民党候補者の引き締めなワケだ。

希望なんて言うとろくな事はない。期待すると大体失敗する。俺はいつもそう。全く期待しない方がうまくいく場合が多い。これはいけるなんて思ってると大体ダメだ。希望と夢と関心、期待なんて生きるのに全く必要ない。

楽しいことが実際に起こったら、笑えばいいよ。