流れに乗る

流れに乗る、という言葉がある。運をつかむと同じような言葉だ。これら、流れや運が目に見えるものであればつかむのはそう難しくはないだろう。視覚化できる運などあるわけがないか。

運が視覚化できたなら面白い。つかみ放題だ。宝くじに毎日当たるようなものだ。でも運はつかめばいいというものではない。そのかわりの代償が必ずある。中には「もらっただけで何もしなくてよかった」という宝くじみたいな運もあるが、「アレをやったせいで後に引けなくなった」「あのカネをつかんだせいで会社が忙しくなりすぎて疲れてしまった」など、いろんな悩みもでるだろう。

運はつかめばいいモノじゃないのだ。何でもつかんでいると地獄モード行き、かといってつかまないのもどうか・・・

私の場合、きっちりチャンスはつぶしてしまう人なので、そんなに運がいいわけでもない。ただし流れには乗っているのでなんとか生きてるだけである。まぁ、チャンスというのはそれに責任を伴ったりするものもあるのでつかむのが億劫になってしまっているのかもしれないが。

世の中どこかでなんとかなるという。死ななければ生きる道もあるという。チャンスなどつかまなくてもいいという。

チャンスはつかまないが縁起は担ぐ。ANA4771便(羽田→釧路AirDO運航コードシェア)、4771エフアンドエム(ジャスダック上場)なんか、いいゴロじゃないか。死なないんだから。

どんな人でも死ぬときは怖い、と以前に書いたかもしれない。どんなに強気な人間でも、死ぬときは怖がるものだという。大物でも、だ。

流れに乗って生きていれば、怖さを感じずに死ぬこともあるかもしれない。私には老人の知り合いが複数いるが、その一人が「おそらく末期性のガン」である、と昨夜聞いた。かなり衰弱しているのでもはやオカルトもアガリクスも通用しないだろう。弔電と花の用意を・・・

流れに乗って生きて好き勝手に生きて死ぬ・・・周りは大迷惑なんだが、それでも本人は流れに乗って「怖さを知ることなく」死ぬのであろう。人生など、ほんの儚い一瞬の出来事である。

かくいう私も周りを振り回して生きてきた人間だ。

私は今日も、流れに乗って生きている。