東京女子医大での児童死亡について
某所の精神科医さんより投稿がありました。
女子医大での裁判について
2月10日付の貴サイト「投稿・女子医大での裁判」。これら疑問に対して、当該事件の事故調査委員会資料等を見ての、私の感想を以下に述べさせていただきます。長文となりますが、もし参考になりましたら幸いです。もしかして、同様の投稿が既に多数為されているかもしれませんが、その時はご容赦下さい。
?なぜ大学病院での治療が選択されたのか?
小児頸部嚢胞性リンパ管腫は、切除治療は難しく術後再発も来しやすい。さらに、手術による合併症も多くみられる。このため、ピシバニールによる硬化療法が選ばれうるが、ピシバニール硬化療法施行後、数日間はリンパ管腫が炎症性の腫脹を引き起こすため、今回のような気道に隣接した場所のリンパ管腫の硬化療法治療後は、気道を確保したまま数日間は十分注意しながら治療効果を観察する必要がある。また、ピシバニール硬化療法は1回のみではなく、ピシバニールによる反応を視ながら、繰り返し治療を行う必要がある。(平成27年事故調査委員会報告書7ページ要約)一般的に大学病院が、他の市中病院よりも高い医学水準であると考えるのは、至極当然の事でしょう。このように、高度医療を行う事が可能である(はず?)大学病院での治療を選択した事は、妥当な判断であったと思います。
?腫瘍は良性であったとの事だが、どうして手術(外科的治療)の選択を?
リンパ管腫は主に小児(多くは先天性)に発生する大小のリンパ嚢胞を主体とした腫瘤性病変であり、生物学的には良性である。全身どこにでも発生しうるが、特に頭頚部や縦隔、腋窩に好発する。多くの症例では硬化療法や外科的切除等による治療が可能であるが、重症例はしばしば治療困難であり、気道閉塞などの機能的な問題や整容的な問題を抱えている。血管病変を同時に有することもある。(小児慢性特定疾病情報センターHPより)事故調査委員会報告書をみても、外科的治療(硬化療法)決定までの詳細な経過はわかりません。しかし重症例だった可能性、はたまた気道閉塞の悪化のおそれが存在していたなら、早期の手術・硬化療法の施行は、やむを得なかったと考えます。
?手術後の鎮静の必要性は?
事故抜管を防ぐためには、患者の術後管理を深い鎮静化で行う必要がある。一方、翌日抜管が予定されていたため速やかに覚醒を得られるようにとの判断の下に、プロポフォールの投与量の設定および投与量の増減が行われていたが、文献で危険性が示唆されている用法・用量が存在することの認識が十分ではなかった。(平成27年事故調査委員会報告書29ページ)文献で危険性が示唆されているプロポフォールの用法・用量。これらが、事件当時の医学的水準を考え、認識すべき知識であったのか、それとも認識できなくてもやむを得なかったのか。また認識できていれば、最悪の結果を回避できたのか。下の問いにも関係してくる問題です。
?なぜプロポフォールは集中治療中の使用が禁忌なのか?
プロポフォールの薬剤添付文書の禁忌欄に、「小児(集中治療における人工呼吸中の鎮静)」と記載されるようになったのは平成13年9月である。これは海外にて、小児でのプロポフォール持続投与が主因と考えられる副作用により横紋筋融解等(プロポフォール注入症候群:PRIS)が発生し死亡した事例の報告があったからである。(平成27年事故調査委員会報告書23~24ページ・プロポフォールの小児集中治療領域における使用の必要性、及び適切な使用のための研究より)上記によれば、平成13年に禁忌欄のコメントの記載がなされたとの事。深い麻酔と早期の覚醒を目的として、プロポフォールが今症例において使用されました。喉頭浮腫のためか、術後の抜管が速やかにできなかった事で、その後思わぬ展開となってしまったと推測されます。
?手術後の担当責任科は?
我が国の集中治療室(ICU)では、クローズド方式(集中治療室において診療の主体が集中治療専従医)、オープン方式(担当診療科(本事例なら耳鼻咽喉科)が集中治療室において継続して主治医団となって集中治療管理を行う)、その中間であるセミクローズド方式(集中治療専従医が存在するが担当診療科や責任主治医は変更することなく常駐している集中治療専従医が専門的知識を駆使して当該診療科と協力して診療を行う)の3種類が存在する。東京女子医大病院の集中治療室は、セミクローズド方式である。(平成27年事故調査委員会報告書25ページ)今回の症例では、担当診療科・責任主治医は耳鼻咽喉科。ですが、手術後とはいえ、いまだ全身管理が必要な病状であったと思います。よって、集中治療専従医と担当診療科・責任主治医、それぞれが協力して事態に対処する事が必要だったでしょう(口で言うのは容易いのですが、残念ながらその実践は難しいのです)。確かに、耳鼻咽喉科医に麻酔薬・鎮静剤の専門的知識を要求するのは、少し酷のような気もいたします。だからこそ、他科(今回では麻酔科・集中治療専従医)との連携や情報共有が大切なのですが。
?プロポフォール過剰投与の経過と、その後のその正当性の如何は?
禁忌薬であっても医学的に合目的な事由が存在すれば使用する場合があり得るが、本事例のプロポフォール使用には医学的に合目的な事由の存在に疑義があること、禁忌薬を使用する場合には、患者・家族に対する十分な説明と同意が必要であり、また、禁忌薬の使用により発生が予想される有害事象を回避するためのモニタリング体制の強化および診療録への記載が必要であるが、本事例においていずれも不十分であった(中略)
中央ICU医師団は、添付文書では小児の鎮静中におけるプロポフォールの使用が禁忌とされていることを一応は知っていたと述べているが、以下のような問題点が指摘できる。
①ICU医師団は、単に「慎重に使用すべき薬剤」であって、「医師の裁量」によって使用できると考えており、禁忌薬を使用する際の投与量や投与時間等について医療チーム内で十分な検討をすることなく、プロポフォールの使用を選択した。
②事故抜管を防ぐためには患者の術後管理を深い鎮静下で行う必要があるが、一方で翌日抜管が予定されていたため速やかに覚醒を得られるようにとの判断の下に、プロポフォールの投与量の設定および投与量の増減が行なわれていたが、文献で危険性が示唆されている用法・用量が存在していることの認識が十分でなかった。
③喉頭浮腫の遷延による抜管の延期に伴って投与時間を延長するに当たっては、麻酔薬の変更等を含めた術後管理の再検討をすべきところ、これらの配慮をすることなく、4日間にわたりプロポフォールの大量投与を継続した。
④ICU医師団に禁忌薬であるプロポフォールの長時間・大量投与に伴う危険性に対する認識が薄く、リスクに対する配慮が不十分であった。その背景として、ICU医師団が小児の頸部嚢胞性リンパ管腫の治療に不慣れであったことが挙げられる。
⑤(略)
(平成27年事故調査委員会報告書29ページ抜粋)これは、事故調査委員会報告書、総括章からの抜粋です。先述の論旨と重なる部分も多々ありますが、どうして今事例が生じてしまったのかという、事由のキモといえるでしょう。
?死因はプロポフォール症候群なのか?
2歳10ヶ月の小児に対して70時間15分の長時間に渡りプロポフォールが投与され、その全用量6953.5mg(平均持続投与量8.1mg/kg/hr : 添付文書に記載されている成人人工呼吸中の鎮静に適切な最大投与量の2.7倍量)が投与された。この投与量は文献的にプロポフォールの安全な最大投与量として示されている4mg/kg/hrで48時間という投与量よりもきわめて多い。プロポフォール投与中止後に高熱、CK値の上昇、代謝性アシドーシス、高カリウム血症を呈し横紋筋融解症を呈している。横紋筋融解症の程度としてはCK値が蘇生時に10036U/Lであり、病理所見でも横紋筋融解症の病変の程度が広範囲ではなく、部分的に存在するのみであったことから、横紋筋融解症が単独の死因としては考えにくい。本事例の特徴的な経過として急激に心停止に至り、高乳酸血症を伴う著明なアシドーシス、高カリウム血症、不整脈、循環不全を引き起こし、心肺蘇生に反応せずに死亡したこと、また、投与開始後2日目の19日より陰性T波が出現しており、21日には陰性T波のみではなく、低電位、QRS幅増大、心室性頻拍波形が見られ、進行する心筋障害を疑わせる所見があること、解剖により心筋障害を証明できなかったが、短時間に急激に進行した循環不全は、心肺蘇生に抵抗性で救命不可だった経過を考慮すると、プロポフォールの長時間投与が死因に直接関連していた可能性が高い。横紋筋融解症、高CK血症、不整脈、心不全、高乳酸血症を伴うアシドーシスの症状からプロポフォール注入症候群(propofol infusion syndrome : PRISと略)が直接死因とするのが妥当である。(平成27年事故調査委員会報告書5~6ページより抜粋)今回の事故調査委員会報告書を読む限りにおいて、事実関係や経過の流れを見るに、この報告書の主旨は概ね正しいように私は思います。やはり、死因はPRISと考えて良いのではないでしょうか。
?異常の早期発見と危険回避の可能性は?
プロポフォールを使用する際に予想される有害事象の発生を回避するためにはモニタリング体制を強化して異常事態の発生に対処する必要があるにもかかわらず、通常と変わらないモニタリング体制に終始して経過観察を続け、患者に発生した陰性T波の出現や心電図の異常、生化学データの異常、尿の異常等に対する対応が不十分のまま推移したため、患者が除脈・心停止に至る前に適切な対応措置を講ずることができなかった。(平成27年事故調査委員会報告書30ページ抜粋)これは、先述した事故調査委員会報告書の総括部分、上記に記した問題点指摘の⑤からの抜粋となります。これらが「過失」「債務不履行」「不法行為」と認定されるか否か、今後の裁判にて明らかにされるでしょう。
総括するに、繰り返しとなりますが、医師が止むを得ず禁忌薬を処方する場合には、(ア)医学的に合目的な事由、(イ)患者・家族への説明と同意、(ウ)リスクの予測とモニタリング、(エ)これらの診療録への記載、の4事項が必要。報告書を読む限りでは、この4つが十分には満たされていなかった可能性がありそうです。
日本集中治療医学会は、今事例を踏まえ平成26年4月30日に同学会ホームページ上に注意喚起を促しました。当時においては、
・使用基準や投与期間の上限を定めていない施設も存在していた
・同意書を得てプロポフォールの使用を実施している施設は少数であった
・施設倫理委員会の承認を受けずに実施されている施設が多かった
これらが、当時の現状であったようです。(平成27年事故調査委員会報告書23ページより)裁判はまだ始まったばかり。司法の最終的な判断決定には、かなりの時を要するでしょう。私の第一印象での疑問は、どこからが麻酔で、どこからが鎮静なのかということ。
専門的には門外漢ではありますが、最終的な私のコメントです。
結果論では何とでも言えますし、きれいごとになってしまいますが、我々医療に携わるものは、危機管理をアップデートし、常に身を引き締めていくことが必要。このように思われました。
(コメント)麻酔科医と集中治療室勤務を経験したものにいわせれば、訴訟まで行くということは、余程の何かがあったのだろうと思いますね。たぶん、プロポフォールの大量投与は臨床研究。耳鼻科は怒っているのではないでしょうか。
最高に面白い展開は、プロポフォールの製薬会社であるアストラゼネカか丸石製薬のどちらかが、麻酔科医と小児への保険適用を取るための臨床研究という場合ですね(笑)東京女子医大だと丸石製薬かなぁ?
商品名がディプリバンならアストラゼネカ、プロポフォールなら丸石製薬で、一般名はプロポフォールですね。まぁ、女子医大の麻酔科は胡散臭いですよ(麻酔科の主任教授が麻酔科医派遣会社作ったり・笑)