【投稿】妙に詳しい方からの「チベット仏教と習近平」

【二階堂より】ボックス位置が変ですが、疲れ切っていて二階堂が編集しきれませんのでお許しください。リンクはあってるでしょう。間違いあればお知らせください。
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クローズアップ現代+ 2016年4月6日 160406 経済減速 中国で仏教大ブーム

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天空の"宗教都市"~チベット仏教・紅の信仰の世界~1

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20170311

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天空の"宗教都市"~チベット仏教・紅の信仰の世界~2

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20170311

中国で不思議な現象が起きている。それは空前の仏教ブームである。不思議なと言う言い方をしたのは、他でもない中国は社会主義国であり、基本的に宗教はアヘンであるとして禁止されているからだ。
つまりそうした中国で宗教がブームにあるというのは、大目に見て「規制を緩和」しているか、何か中国共産党が宗教に「何かしらの利用価値」を認めたことを意味しているからだ。いったい何がおきているのだろうか。

その仏教ブームのなかでも「チベット仏教」がチベット人ではない「漢族」の間で爆発的な人気をはくしている。

例えば、ブータンに本拠地をおくドゥンセ・ガラブ・リンポチェDungse Garab Rinpoche(http://www.pramodavajra.org/祖父Dudjom Rinpocheと父のThinley Norbu Rinpocheは有名なニンマ派の高僧)がいる。彼は主に華人を中心に爆発的な信者獲得に成功している。

PRAMODAVAJRA

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Rangjung Foundation. 1000 Kilaya Statues Project. 1000 Kilaya Statues Project for Kilaya Temple in Rangjung, Bhutan. 100,000,000 Kilaya Mantras Project

チベット仏教のニンマの一派または第七の一派ともいわれているが、この新興会派がダークホースとして中国宗教市場でのシェアを広げている。  2011年その父がなくなってから、三代目の血脈の法灯をついでいると称し積極的に中国大陸に信者のネットワークを広げていった。チベット仏教のラマは転生ラマであるリンポチェとよばれる活仏が中心となるが、普通妻帯せず、転生者は広く世の中からさがされるが、このドゥンセ・ガラブ・リンポチェは祖父以来妻帯して日本の親鸞のように男系の子孫が寺廟を相続して寺院を大きくしたが、もともとは祖父がフランス父がアメリカに在住していたことから、信者は欧米が多かったが、ある時期から中国国内の布教が中心になり始めてきた。その中心となっているのが馬光明という指導者で、漢族であり瀋陽の音楽教授の家庭に生まれ、中国で教育をうけた人物であり、出家者と言う概念ではなくヨガ(この場合は体操といいうより思想実践をいう)指導者として、深圳、四川、上海東北地方でカリスマ的な人気を得ている。呪術的な祈祷で病気を直したり開運を行うとされているのが魅力のようだ。
この宗派は祖父の代にチベットから外に逃げて、最終的にはブータンに海外の資金を集めて本拠地を作ったが、ブータンの東部では地場の民衆から忌み嫌われている。ここが難しいところで、地場の人々はゲルク派、本人たちはニンマ派と言っており、そこにチベット仏教として日本人が一括りにしている宗教が実は一枚板でなく多元的な宗派からなることが関係している。つまりブータンはダライラマと同じゲルク派という派閥で、ニンマ派というのは少ないのである。ここに経済格差と信仰の方向性で対立が生じる。海外から金をつぎ込んでいる黄金宮殿が最貧困地区にそそり立っている構図である。

私達日本人が知っているチベット仏教の最高指導者は、ダライラマというゲルク派の棟梁である。この派閥は簡単に言えば非常に合理化された制度と教育システムで日本で言えば比叡山みたいなもので、顕教なのである。そしてニンマ派というのは、独立したいわば修行で得たとする霊能力の保持者がそれぞれの一派を立てていると考えればいい。呪術性が強い。それを密教とする。日本では真言宗の一部にこうしたものが残っているが、日本の中ではあまり表に出ていない仏教なのだ。それは日本の仏教が平安期に空海という密教の天才があらわれそれが一代でおわったのにたいして最澄が多くの弟子と分派を作り上げる教育システムと思想構成を作り上げたからである。密教は空海に始まり空海がまだ生きていると言う社会なのだ。日本の武家社会には祈祷は合わなかったとも言える。日本出目にする密教といえば野球選手が火行をするという鹿児島の池内恵観のような存在がわかりやすい。仏教の理論を学ぶより、火行という実践を重んじ何かを会得すると言う密教の雰囲気がわかるだろう。金本が仏教を理解しているとはとても思えないが、何かを会得したという気になるのは間違いない。

日本とチベットの差が密教と顕教の間でどうできたかというと、インドの古代の仏教ブームが絹の道をとおり、タクラマカン砂漠を迂回するように西から中国にもたらされ、魏晋南北朝の胡人の流入を体験して、隋唐で仏教が1つの大きな潮流になり、それがほぼ同時期に、日本とチベットに入ったと言われている。吐蕃という中国人からの概念がまとまったのがこの時期で、つまり仏教伝来と国家概念成立が日本とチベットはほぼ同時期だったとたぶん後世の知識人たちは歴史を作り出したのだろう。

出発点は漢訳仏典だけれども、チベットはその地理的な近さからインドの後期密教の影響を非常に強くダイレクトに受ける。それが大円満とかゾクチェンといわれる解脱への道であり、これこそが中沢新一とかが虹の階梯という概念で日本にもちこんだものでオウム真理教の麻原たちが利用した修行の方法論である。後期密教を最後にインドではイスラム教徒にその仏教基地はすべて奪われ、その後のインド教ヒンズー教の復興に合わせるようにインド地域では仏教ほぼ壊滅してしまう。そのため、後期密教はイスラム勢力の前に風前の灯火として極めて集中力のつよいものとなり、忿怒相という仏が怒り狂う形相と変貌する形で表現される。そこで「ポア」と言う我々の聞き慣れた言葉が登場するようになるのだ。仏法をどうしても認めないものには死んでもらってそこでわかってもらおうと言うすごい論理であるがこれは危機感のある時代が産んだ思想なのだ。

さて、実はダライラマは普段はこうしたニンマの持つ修行の話をあまり持ち込まないし、こうした憤怒相の仏像を日本には持ち込まない。なぜなら男女の和合の仏像が多見されるからである。父母仏(ヤブユム(チベット語: Yab-yum、逐語的には「父上-母上」))である。これは中国では通常は赤い布が掛けられている。男と女が性器を合わせた状態での仏像である。これは虹の階梯の最高過程で、男女のパートナーをつかい性的な高調と解脱を同時期に得るとう修行があり、そうした概念は日本の真言立川流に見られ、後醍醐天皇の画像にその修業の一端が見られる。理趣経なども正確に読んでいけば、それが性をひじょうに巧みに解脱への概念と抱き合わせていることがわかる。

理趣経 (中公文庫BIBLIO) | 松長 有慶 |本 | 通販 | Amazon

 

さて、仏教の問題はさておき、今後の問題をまとめてみよう。

チベット仏教は今大きな転換期にさしかかろうとしている。それはダライラマという英語でとつとつと理想を語る稀有の世界史的なキャラクターが老齢という問題でチベット仏教の代表として消える日が来るということだ。

当然ながら、英国のエージェントと言う陰口もあるぐらいの西洋文明とのすり合わせを巧みにしてきた政治家としてのダライラマの方向性がその後継者によってどうなるかは予断を許さない。ある意味で、西欧が中国に口を挟む嫌がらせとしてダライラマ十四世は格好のエージェントであった。

チベット仏教の現状として、非常に多くの信者ををもつ呪術力つまり霊能力重視のニンマ派の多数の人々のあいだは、いわば青年将校の皇道派と参謀本部の統制派という対立を彷彿させる独特な内部対立があるわけである。実力は俺達だが、あいつらがうまく立ち回るから我々は政治的に主導権を握れないのだというのがニンマ派の意見である。

つまり、下世話な言い方だが、世界のチベット仏教の集金システムのパイの配分をめぐり今大きな胎動がおきつつあるのである。

こうした中で中国共産党の現在の仏教ブームの対応に私たちは刮目して注目しない訳にはいかない。

じつはこのブームには伏線があり、胡錦濤政権ではありえない話であった。

胡錦濤政権では、四川の僧院は随時政府から干渉されて、個別の宿坊が破壊されることも少なくなかった。さらに天安門事件の直前にラサで行われた武力弾圧は胡錦濤みずからが機関銃を手にしたということでその後の出世の転機となったとされる。

ところが習近平政権では、大きく変わった。1つはイスラム教徒への徹底禁圧と差をつける形でチベット仏教を認める方向があり、もう1つは、民間で流れる習近平夫人である彭麗媛夫人がチベット仏教に帰依しているという噂である。この認識で地方政権の幹部たちがチベット仏教については禁止を「自主規制」するようになったという考え方である。

さて、邪教として中国国内の仏教とくにチベット仏教を弾圧しないとすればもう1つの考え方がある。それは「ダライラマの派閥であるゲルクに対抗するニンマ派」として中国共産党がポストダライラマの勢力を独自に育てて政治利用しようとういう考え方である。

これも大きな問題であり、大きな波乱が見込まれるのである。前出したDungse Garabは、明らかに祖父や父の代とは異なり、ダライラマとは一線を画していて、場合によっては、ゲルク派を見下し、ダライラマを否定する発言を地元民にして反発を買っている。この流れが、反ダライラマにならないでもとはポストダライラマを睨んでいることは明らかなのである。

こうした中国の仏教ブームが今後どのような形で収まるのか更に拡大するのかは、現在の習近平体制の第二期に向かい大きな内部的な論点となるとみられる。

そしてその動きのいかんによっては厳しい弾圧が下るか、共産党系と非共産党系のチベット仏教派閥が激烈な闘争を開始するやも知れぬのである。