そろそろ南京を若者にケリつけていただきたくていろいろ考えてます。宜しくお願い致します。
さっそくですが、そろそろ「南京攻略戦問題」を完全に終結しなくては永遠に日本の汚名が歴史に刻まれることになります。
ウクライナとロシアの戦争やイスラエルのガザ地区・ヨルダンへの空爆で廃墟瓦礫の山でもそれぞれ数万人の死者に止まってます。
南京攻略戦総司令官は「南京城内」に大砲を撃つことを禁止してました。南京城陥落後約1ヵ月半で中国は日本軍が城内で「30万人」虐殺したなど奇想天外な妄想を世界中に撒き散らしています。最近、中国の意向に添った「南京虐殺あった本」は朝日新聞も出さないのにも拘わらず文藝春秋社が2017年に出版しています。実際、南京城陥落後に入城した芥川賞第1回受賞者の石川達三は、戦後喧伝された「南京大虐殺」を簡潔な手紙で否定しています。
日本人は、陥落後の南京を実際見た石川達三の証言を信じるか、東京裁判で創作された「南京虐殺事件」を信じるか、冷静沈着に判断するときが来ています。それを判断する時間と精査能力をもっているのは、大学で文学を専攻している若者たちと判断し、後を託したいとブログに記事を投稿しました。
★石川達三の手紙は下記URLのブログでご覧ください。
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■拡散記事『石川達三が見た南京の手紙はGHQ占領下なら「懲役10年罰金3000万円」確定の内容』 【「水間条項」国益最前線】
mizumajyoukou.blog57.fc2.com/blog-entry-3984.html
●GHQ占領下で石川達三の下記の手紙が公になっていたら日本の裁判所で
「懲役10年罰金3000万円(現在なら)」の刑が科せられる事になったでしょう。
【石川達三の直筆の手紙】
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「私が南京に入ったのは入城式から二週間後です。
大殺戮の痕跡は一片も見ておりません。
何万の死体の処理はとても二三週間では終わらないと思います。
あの話は私は今も信じてはおりません。
草々 石川生」
実際、
「第1回芥川賞受賞」者で戦後文藝春秋社が主催していた「芥川賞」が話題になれば
芥川賞第1回受賞者石川達三の名前は常に燦然と輝いていました。
GHQ占領下なら100%「懲役10年罰金3000万円」(『完結「南京事件」』22頁参照)が確定する証言を遺した方は、戦前戦後を通して活躍した人物で石川達三以外おりません。
その手紙の効力をどのように有効利用するかによって、敗戦後からの検閲洗脳ですっかり飼い慣らされ「羊」になってしまった日本社会を一気呵成に甦らせる起爆剤が「石川達三の手紙」なのです。
この手紙の内容が日本人の共通認識になったとき、南京城陥落後を見ていないにも拘わらず日本軍が南京城内で「40万人虐殺」したと『騎士団長殺し』で記載した村上春樹氏は断筆することになるでしょう。
彼は評論家・ノンフィクション作家の肩書きで語られるときもあり、国民は完全にアウトと判断すること間違いありません。
国内外の「ハルキスト」と称する“洗脳の池”にはまっていた方たちは、1枚の手紙によって「晴れあがった大地の風」を全身で感じられる自分を取り戻せることになるでしょう。
全国の大学で文学を学んでいて学生時代を謳歌している諸賢は、石川達三が日本人に託した最期の手紙を「遺言」と捉えれば、偉大な小説家への道の扉ノブに手をかけた状態から、どのように行動するかによって未来は見えて来ます。
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2026年6月11日
水間政憲ジャーナリスト近現代史研究家(「日本製」普及会代表)