悪は必要

悪がなければ善もない、ポルポトがいなければいまのカンボジアは衰退時期だったかもしれない。

全ては今なのだ。今を全力で生きて楽しめ。チマチマ老後なんて考えず、ダメなら死ぬ気概を持って生きろ。
金がない?飯が食えない?死ねばいいだけだ、心配するな。

以下投稿。幸せというのは結局は個人の問題で、国がどうこう周りがどうこうは関係ない。

二階堂さんこんにちは

 ありとあらゆることが欺瞞にしか思えません。幸い、色々まずいことが、どんどん出てきています。少しは、浄化されているのかなとおもいますが、世の中は、澱んだ澱の様な世界になってきていますね。

 認知症の親がいます。本能の赴くままで、食欲中枢がおかしくなって食べまくり、さらには粗相しまくりで、転んで怪我したりで緊急搬送されてしまいました。
 元々自己中の人だったので、自分の生活を犠牲にしてまで面倒をとは、思えず。自分の中の良心と、現実の狭間でやれる事だけやろうと思っています。
 しかし、現実は大変ですね、幸い本人は小金があるので、死ぬまでまあまあの暮らしはできると思います。でも、こちらの心が持ちません。
 戦時中に生まれて、苦労したままの、精神状態のままでしたので、子育ては二の次で、私自身は惨めな子供時代でした。そんな中、無駄に体力だけあるので、それこそ100まで生きそうです。
 人は、自尊心がなくなってしまえば、獣ですよね。こらから先どんな世の中になるのか、怖くてなりません。少しでも明るい世の中になる様、小物の悪は、滅びてほしいです。大物は、生きたまま地獄の苦しみを与えて欲しいけど、どうなるのか、しばらく混沌とした世の中を楽しみながら生きられるくらいの強い精神が欲しいです。